世の中いろんなサービスがあって、お金さえあればいろんなことをしてくれる。
ランドリーだったり、お掃除サービスだったり、お惣菜だったり、靴磨きだったり、アイロンがけだったり、子育てだったり、、、時にはその道のプロに頼む必要があるだろうけど、時間の許す限り、ひとつひとつ自分でこなしていって、「自分のことは自分でできる」大人になりたい。
香港やシンガポールで暮らしていると、いろんなことを安い賃金・料金でやってくれる人が日本よりもよっぽど多くて、忙しいときなんかは頼みたくなってしまう。週末が掃除や買い物だけで終わってしまうよりは、メイドさんに頼んでやってもらった方が、経済的には理にかなってる。浮いた時間で、より充実した価値ある生活をおくればいい、っていう考え方だと絶対にこっちの方が合理的。
ただ、買い物も、洗濯も、靴磨きも、アイロンがけも、料理も、、、みんなアウトソーシングしちゃったら、それこそお金を稼ぐためだけに生きる「スペシャリスト機械人間」になっていくようでちょっとさみしい。
ビジネスのアウトソーシングでは、最初に「コアコンピタンス」っていう、「なにが強みか、何を大切にしているか」を最初に定義する。なんだか、最近、特に香港とシンガポールでの生活を見ていると、「何が強みか」だけが先行して、「何を大切にしているか」っていうのが抜けちゃってると思います。
自分でがんばってきれいにした後は気持ちがいいし、料理もアイロンがけも楽しめれば、そんなに苦にならない。靴磨きも、コーヒーやビールを飲みながらやれば趣味のうち。洗濯は、いかにふんわり仕上げるかを目指せばそれも楽しい。
両親にそう言われた覚えはないけれど、商売道具を大切にする父親や、何事も楽しげにぱっぱとこなす母親を見てそういう風に育った気がする。僕も、自分の子どもには、そういうデキル大人に育つようになってほしいな。
プロジェクトマネジメントや仕事の進め方でも、お国の色は、出る。どの国が絶対的にいい、って言うのは未だであったことがないけれど、お互いに学ぶ気持ちが有れば、ほんっと学ぶ点は山ほどある。去年から一緒に仕事している大勢のオーストラリア人もとても新鮮。ばんばん、ばんばん、立場も、役職もこだわらず、へんにいばりちらしたりすることもなく、平気で意見をぶつけ合う。
ドラマを見てても思ったのは、英語が話せて本当によかったと思う。言葉が話せてようやく同じ土俵に上がることができる。僕だってこんなにいろいろと考えて仕事してるんだぞ、って主張もできる。おいおいって人を止めるときも、自分の意見をぶつけるときも、言葉が話せて初めて、堂々と相手に向かえる。堂々と相手に向かえて、初めて、相手のよさもわかる。
来週からも、ちょっとでも、自分の良さ、日本人のよさをわかってもらえるようにがんばろう。
香港ナイトサファリ
最近はめっきり涼しくなったので、Olympic Station周りをジョギングしてます。マンションにはクラブハウスっていって、そこに住んでる人なら利用できるジムがあるんだけれど、室内で走っていても飽きてくるので、最近はマシンを利用する筋トレ以外ではほとんどいくことがない。
そのご近所ジョギング。ただでさえあまり好きでないジョギングなので、ルールを決めて少しリズムを変えて楽しむようにしている。
ルール1:知らない道を選ぶ
ルール2:帰りは公共交通機関で
ルール3:最小限の荷物で
ルール1のおかげで、いろいろな発見がある。うちからMei Fooが意外と走れる(歩けるではなく)距離だと知ったり、高層マンションの谷間に寂れた村があったり、Lai Chi KokとMei Fooの間にとても走破できそうにない丘山があったり。屋台で鍋をやっていたり、廃品回収したものを物々交換している人たちがいたり、ご近所が違えば人種も違ったり、、といろいろと新しい発見がある。
ルール2は、これのおかげで片道で走れるだけ突き進むことができる。香港だからできることだけれど、夜遅くまでバス、ミニバス、MTRがあるので、Octopus Cardさえ持って出ればなんとか帰ってくることができる。見渡す限り、バスも何もないような場所はさすがに香港ではないだろうな、、、
ルール3は、できるだけ軽快に。シャツ、ハーフパンツ、Octopus Card(香港のSuica)、家の鍵、クリップ式のiPod Shuffle。あとは思いつく限り、ルール1に乗っ取って奔り続ける。
New Yorkでのジョギングがマンハッタンを走り抜けるものなら、香港でのナイト・ジョギングはイルミネーションや屋台の間を駆け抜けるナイト・サファリのように。
